父の重ね煮資料

三日坊主の私が唯一続いてること「重ね煮」。
その理由は、野菜を重ねるだけが重ね煮ではない奥深さを野菜たちと向き合い重ねるたびに感じ、刺激をもらい面白いのです。野菜たちを通して重ね煮は、日々新しい私に出会わせてくれます。

重ね煮は、私が今までの人生の中で経験してきたことの全てが反映される野菜料理です。
どうして私がそのように感じるのか、、、このブログを通じて「重ね煮」と「私」のことを綴ってみよう思います。。。

 

私と重ね煮との出会い。

私が重ね煮と出逢ったきっかけについては、重ね煮のお料理教室でもたびたびご質問をいただきます。

私は自分の意思で重ね煮と出逢ったわけではなく、私が生まれる前に父が重ね煮に出会ったことで、現在の私にも引き継がれています。

そもそものはじまりは、父が高校生の頃に友人に強引に連れていかれた桜沢如一先生の講演会で、マクロビオティックという生き方に出会ったことです。

そこから、父は玄米ごはんを炊いて食べるようになり、大学を中退してまでマクロビオティックを学ぶ道を選んだと聞いています。

18歳の私が父と同じような経験をしたら、同じようにマクロビオティックに感銘をうけたかどうかは、、、???

本格的に玄米菜食を学ぶため神奈川から大阪に出てきた父は、母と出会い結婚に至ります。

ちょうど両親が結婚をするころに重ね煮創始者である小川法慶先生から直々に重ね煮を学ぶご縁をいただき、自然と我が家の食の中心は重ね煮となったそうです。

ですから、特別に重ね煮を食べようと意識したわけではなく、母が作ってくれる毎日のごはんが、たまたま重ね煮だったのです。子供のころの私は、毎日出てくる食事がどんな調理方法で作られたものかは…正直、全く興味がありませんでした。

ヒラメキ派の母は野菜をふんだんに使った毎日のおかずを工夫してくれていたので、飽きることなく、毎日美味しい野菜ばかりの食事を食べさせてもらって育ったと記憶しています。今振り返ると、現在元気に重ね煮をご紹介することを仕事にさせてもらえるのは、毎日の母のごはんのおかげです!母さん、ありがとう!

父は、料理好きな人でしたので、日曜日にはよく重ね煮のコロッケやカレーライスを作ってくれていました。多分、自分が大好きだったのだと思います。特に父の重ね煮コロッケは懐かしいです。

そんなこんなで、我が家の日々の食事は私が生まれる前から重ね煮だったのです。

小学校に入学して学校の給食を食べるまでは、一般的なカレーライスや肉じゃがに、お肉が入っていることを知らずに育ちました。我が家の「肉じゃが」と呼ばれる料理は、糸こんにゃく、きのこ、じゃがいも、玉ねぎ、にんじんを重ね煮したものなので肉ナシですが、私は何の疑問を持つことなく、すくすく育ったのです(^^♪

一般的な肉じゃがという料理には、お肉が入ることを知っていますが、肉ナシ肉じゃがが美味しくて野菜を重ねて母と同じ肉ナシ「肉じゃが」を重ね煮教室でも作っている私です。

子どものころ、重ね煮創始者の小川法慶先生に遊んでいただいたかすかな記憶はありますが、私にとっての重ね煮のルーツは、両親。つまり、特別ではない毎日の「おうちのごはん」なのです。